リッチさんの一日

コルカの隣にいるユーク♀の話

いろいろ苦労の多い人

■AM6:00

「王。王、起きてください」

側近としてのまずの仕事はこのレベナ・テ・ラを治める王の起床を手伝う事だ。
手伝うといってもまぁただ寝起きの悪い彼を無理やり起こすだけなのだが。

「むぅ…なんだ」
「なんだとはなんですか。明日は早く起こしてくれと言ったのは王でしょう」
「あぁ……そういや隣国からの取引の書類が……」

そう言って、コルカ王はまた眠そうに布団に潜り込み、片手だけ出して机を指差す。
その机には高さ30cm程の山のような書類が。
嫌な予感がした。

「お、王」
「わしは7時に起きる…それまでにその書類にわしのサインをしておいてくれ」
「さ、サインは自分でするものでしょう!!」
「いやバレるはずはないから…頼んだぞ」

バレるとかバレないとかの問題ではないだろう。
言おうとしたそのときには、コルカ王は寝息を立ててそれはそれは平和そうな顔で寝ていた。

「~~~っ!!! この怠け者はぁぁ!!!!」


結局王からの直々である命令を跳ね除ける事ができるはずもなく、側近は泣く泣く書類すべてにサインをしたのだった――――。



■AM7:00 

じめじめとした朝だった。
今は梅雨時だ。
また降っている雨に側近はため息をつく。

「あの、」

声に背後を振り返ると、そこに衛兵がいた。
大量の書類のサインで疲れていた側近は「なんだい」と疲労感たっぷりの声で返す。
衛兵がおずおずと声を出した。

「王が…その」
「なに? 男ならはっきり言わないかい」


――――――――――――――――――――



「王っっ!!!!」


駆け足で階段を下り、食堂へ飛び込んだ。
そこには既に食事を取っていたコルカ王の姿が。
息も絶え絶えにその王に歩み寄る。

「お、来たか」
「っ…………」

「おやつに城下町のあの店のレアチーズケーキが食べたい。あの店、お前しか分からないだろう? 他の衛兵に頼もうとしたんだがなぁ……どうも分かりにくい場所にあるから説明が面倒だ。という事で行ってこい」



■AM8:00


「おかえりなさいませ」

雨の中なんとか王の言う店にまでケーキを買いに行き、城のホールで衛兵に迎えられる。
しかも途中で傘が風で飛ばされるという事態が起きたのだから、おかげで服も仮面もびしょ濡れだ。
不機嫌MAXでその衛兵にケーキの箱を渡し、食堂へ持って行けと指示をしてから側近はやっとの事で自分の仕事に就く事にした…――。



「ミース! ミース!!」

濡れた自身の体をタオルで拭いてから、ある部屋の扉を叩いた。
そこは王女であるテテオ姫の教育部屋だ。
姫の教育係主任であるミースがこの部屋にいると聞き、彼女に用事があった側近はその扉が開くのを待った。

開くのは早かった。


「はいなのです!!!」
「ぶ!!!」

勢い良く空けられた堅木の扉が、顔である仮面に思い切りぶち当たったのだった。

「~~~~っっ!!」

痛みに耐える為に僅かに背を曲げ仮面を押さえていると、下から幼い声が耳に届いた。

「あ、ごめんなのですー」
「っく……ミース。ちょっとあんたに頼みたい事が………」

「それは奇遇なのです~!! ミースも頼みたい事があるのです。ミースは今から用事があってここから離れるのです。テテオ様のお相手を頼むのです~」


こちらの返事も聞かずに。
その幼女にも見える彼女は、ちまちまと走りながらその場を去っていった。

「あ、ちょっと!!!」

呼び止める声は空しく廊下に響き、側近はまた大きくため息をついてその場にうな垂れた。




■AM9:00


「もう無いんですか?」

テテオの為にそこら辺にあった本を朗読してやっていた側近だったが、それもそろそろ尽きていて。
ミースは1時間経った今も帰ってきていなかった。
朗読していた本ももはや4冊目に突入していて側近にも疲労の様子が見えていた。

「ひ、姫…もう本は……」
「本は駄目なの? じゃあ何がいい?」
「ぅっ……」

本当はもう疲れるから断りたかったが、少女の無垢な目で見詰められると断るものも断れなくなる。
仕方なく「姫の御自由に…」と答え、テテオの返事を待った。

帰ってきた答えは。


「外に行きたいっ」




■AM9:50

まさかの今日二度目の外出となってしまった。
姫の申し出を断れるはずもなく、側近は傘を差してテテオと共に庭園へ出ていた。
土砂降り、という程でもなかったが梅雨時の雨はやはり湿っぽい。

こんな外に出たいとは、コルカ王といいテテオ姫といい王族とは理解しがたい。


「ねぇ、見てください! かたつむり!」

きゃっきゃとはしゃぎながら、姫が側近の腕を引っ張り葉の茂みを指差す。
王女といってもやはりまだ幼いのだなぁ、と実感しながら微笑んで相槌を打った。

「あっちにも行きましょっ」
「ひ、姫! あまりはしゃぐと――!!」

その後側近はテテオに広大な庭を振り回され、残りの午前ほぼすべての時間を削られた――。




■PM12:00

「はぁ……」

昼食を満足に取っている暇も無く、側近は仕事に移る。
書類の整理は終わったものの、今から隣国との貿易会議に出席しなければならなかったのだ。
日々溜まる一方のストレス・疲労感は半端ない。

まず馬車での移動の為の準備をしなければならなかった。

積み込む荷物の支度や馬車自体の用意は衛兵に任せてあるが、問題は他にあった。



「ですから…この書類のサインを」
「めんどくさい。だからお前が書け」
「この書類は隣国の王に直々に見せるものです!! 失礼だとは思わないのですか!!」

がみがみと怒鳴り王にサインを促すが、たった10枚の書類へ自分の名前を書くのも面倒なのか、この男は。
コルカは実際には会議へ出席しないのだが、側近はもう20分後には出発しなければならなくて。
少しでも遅れるという事態が起これば隣国との交友関係が危うい。

「っ…テテオ姫に言いつけますよ!?」
「なに!! く、……仕方ない…分かった」


この親馬鹿は姫の名前を出せばころりといく。
だからそこは問題無いのだが………。

「このペン書きにくい。わしの部屋にあるあの羽根ペンをもってこい」

1階から5階にあるというペンを持ってこいと言うのだからふざけたものだ。





■PM5:00

会議が終わり、城に帰宅する。
今日は一度もまともに食事をしていない上にずっと振り回されっぱなしだった為、少しばかりの目眩もした。

だがこれから宮廷魔導師であるアルハナーレムに話がある。
側近は休む間も無くせかせかと図書室へ急いだ。


「アルハナーレム。いるかい?」

王宮の図書室、ということもあって、この部屋はかなり広い。
巨大な本棚が所狭しと並び、そこに分厚い本から子供の読むような絵本までずらりと整頓されて並べられていた。
ここにいるであろう人影を探して部屋を巡回する。

予想通り本棚の影にある小さなテーブルの上に本を積み上げ、側の椅子に腰掛けながら本を読むアルハナーレムの姿があった。

「…アルハナーレム。仕事はどうしたんだい」
「もう午後からは殆ど無いのである。コルカ王からの我が侭であるか? 相変わらず大変であるな」

思い切り他人事のように(実際そうなのだが)アルハナーレムは本のページをめくりながら言う。

「………」

気になって彼の読んでいる本を覗くと、その紙面に菓子の写真がずらりと並べられていて思わず吹き出した。
アルハナーレムがむっとしたように声を漏らし側近を振り返る。

「何がおかしいのであるか」
「似合わない…っなんでそんなの読んでるんだい」
「ユーリィとチェリンカに作ってあげようと思ったのである。前二人がかりでねだられたから、次向かうときまでにはお菓子の方のレパートリーも増やしておきたいのである」

分かったなら早く行け、と羽で覆われた手でしっしと追い払われる。
立ち去る前に、と側近が慌てて彼に告げた。


「これから王の付き添い頼めないか?」
「む………またなんであるか。折角の休息を奪う気であるか」
「……いや、そういうわけじゃ………」
「断るのである。そもそも王が主でないと嫌だと以前言っていたのである」




■PM6:00

彼に仕事を押し付けようとしたが失敗に終わってしまった。
そもそも自分じゃないと嫌だとは本当に果てしなく面倒な王である。

きゅう、と今朝から何も食べていないせいか、小さく腹が鳴った。
仕方なく食堂へと方向転換をし早足に歩く。


「あ、食事の用意、できてますよ」

食堂の掃除をしていたここで働く女性が声を掛けてきた。
うん、と適当に相槌を打って席に腰掛ける。
並べられたのは魚のソテーとスープだった。
王族の食事内容に比べれば随分と質素なものだったが、他の家臣や衛兵と比較すれば幾分も豪華だろう。

疲れから何も喋る気が無かったので、黙々と食事を始める。
従業員である女性もそれを感じ取ったのか特に何も話しかけてはこなかった。




■PM7:00

「………はぁ……」

もはやため息が呼吸になるような程、側近は極限の疲労状態にあった。
たった今、コルカ王は入浴中だ。
王がそれを終えた後は、側近が王の寝室まで付き添い、彼が就寝する前に明日のスケジュールの確認を取らなくてはならない。

休憩の余地など、彼女には無い。

「お疲れさまです!!」

見回りの衛兵が元気に挨拶をかけてくるのに、「…あぁ…」としか返事ができない。
本当に「お疲れ様」だ。
毎日これでは体が持たない。

「…次は…まだあれが残っていたかい…」

側近は残っている仕事に就こうと、フラフラと廊下を歩み始めた。



しかし、そのときだ。

視界が歪んで傾き、目の前が真っ暗になって、意識が飛んだのは。




■PM9:00

「………っ」

「あ! 気が付かれましたか?」

目が覚めて、最初に視界に移ったのは病室の天井だった。
すぐにそこが病室だと理解できたのは、この城を一番理解し把握しているのが彼女だったからか。

「私は……倒れたのかい」
「そうですよ。過労ですね。廊下で倒れたそうで、すぐ近くにいた衛兵が運んできてくれたのです」
「過労…?」

看護の女性がそう言うなり、閉じ切られていたカーテンを少し開けると、そこに向かって手招きをし始めた。
上半身をなんとか起こしてそちらを見ていると、そこから思いも寄らない人物が現れ彼女は驚愕する。


「おっ…王!?」



きらびやかなマントに身を包んだコルカ王が、そこに立っていたのだ。
とても不安げで、しかしそれで安心した、複雑な表情で自分を見つめる王に、側近は困惑した。

「何故…? こ、この時間なら寝室で読書のはずでは…」
「…一番信頼している部下が倒れたと聞いて、飛んでこない上司がいるとでも思ったのか?」

コルカ王は看護の女性に部屋を出るようにと無言で合図すると、ベッドの横に置いてある椅子に座り、二人きりになったことを確認してから口を開いた。

「…心配したぞ」
「大丈夫ですよ。…なんともありませんから。しばらく寝ていれば平気です」
「…すまなかった。わしの責任だ。わしがいつも無理をさせているから過労で倒れたのだろう?」

そんなことありません、そう言いたかったが、残念ながら彼のせいであるのは事実なのだ。
側近が返答をしないでいると、王が続けた。

「これからは自立する。少しずつだが…これからもわしに付き合ってくれるか?」




「…もちろんですよ。一生着いていきます」




■PM0:00

「ぐががぁ~ぐごぉ~むにゃむにゃ…頼むぞリッチぃ~…」
「……………」


結局病室のベッドに突っ伏して寝てしまったコルカ王のいびきに、側近は一晩中悩まされることになったのだった。



END

あとがき

生きてますよ。


モドル