「……ドダイトス、あのさ」
「は?」
「き、今日…なんの日か知って 「知らん早く失せろ」
―――『愛情ください!』―――
「いや、待てってハニー!! 即答は無いって、もっと考えふごぅおっ!!!」
「誰がハニーだ、この阿呆鳥っ!」
ある日の昼下がりだった。
またいつものように同じ時間を過ごし次の朝を迎える予定だったのに。
普段とはどこか様子が異なるムクホークを気にかけてしまった自分に嫌悪したドダイトスは、腹いせに彼を思い切り殴ってやった。
「だっ…、マジで覚えてねえの?」
「…チッ」
「し、舌打ちするな!!!」
わぁわぁと喚くムクホークを横目で軽く睨むが、毎日の事で慣れている彼はちっとも怯まず。
欝陶しいという意味合いで睨んだというのにムクホークは更に口調を早めて話を続けた。
「頼む、思い出すだけでいい! 覚えてただけでもオレは幸せだから!」
「考えるだけでも時間の無駄だ。帰れ、お前より昼寝の方が大切だ」
先程話し掛けられた際に昼寝の邪魔をされていたわけであって。
怒りを含めた声色で彼にそう言い放つと、ドダイトスは早速瞼を閉じ眠ろうとした。
が。
「…オレら、何年付き合ってるんだよ…」
「…?」
突然声のトーンを下げ、口調を変えたムクホークに反応して閉じた重い瞼をもう一度開ける。
そこには既に先程の明るい表情の彼はいなく。
ドダイトスの傍から立ち上がり悲しみに顔を歪めたムクホークの姿があり、一瞬たじろいだ。
珍しくも彼に対して純粋に困惑したドダイトスが言葉を返せずにいると、ムクホークの嘴が微かに動く。
「………」
「な、なんだ」
その僅かな変化も見逃さないドダイトスが嘴の動きに気付きそう問い掛けた。
自然と柔らかくなる口調が自分で憎らしい。
「…ろ」
「き、こえない」
「…覚えてくれてたって、いいだろ」
――――――。
「…レントラー」
「何よ」
「き、今日は…なんの日か分かるか?」
思ってもみない唐突な質問だった為か。
不機嫌そうに見える原因である、常にしかめている目を大きく見開いてキョトンとしたレントラーはすぐの返事ができなかった。
が、素早く切り替えるようにまた表情を厳しくすると質問者のドダイトスへ言い放つ。
「知らないわよ。別に何かの祝日じゃわけでもあるまいし」
「いや、だが…その」
「またムクホークに何か言われわけ?」
図星。
何故察知できたのかと不思議で堪らない、だが焦りを隠しきれていない表情で冷静な彼女を凝視すると、彼女、レントラーは至極当たり前の事のように言った。
「大体顔で分かるわよ、長年の付き合いなんだから。……そうね、記念日とか」
「き、記念日?」
「…違うわよね。結婚してるわけでも交際してるわけでもないし」
自問自答してまた考え悩むレントラー。
なんだかんだ言ってしっかりと相談にのってくれる所はやはり姐御肌と言うべきか、とにかく頼れる彼女の俯く表情を期待の眼差しで見詰めていると、その横顔が閃いたように上がった。
「…あ、そうだわ」
「何か分かったか?」
「分かったも何も、今日ムクホークの誕生日じゃない」
――――え。
「なにぃい!!?」
驚愕のあまりレントラーへの配慮をも忘れ、ドダイトスは大声を張り上げた。
案の定彼女に「静かにしろ」という意からその長い尻尾で頬を叩かれる。
「うるさいわね……」
「い、いや、すまない」
「…ムクホーク、怒ってるでしょ」
レントラーの的確な指摘に、ドダイトスは、うっと声を漏らす。
まったくその通りだ。
あのときの彼の声色には確実に怒りが含まれていた。
「早めになんとかしないとねぇ…気まずいわよ?」
「っ、わ、…分かっている」
次々と釘を刺すレントラーの言葉に、本来はドスの利いている低い声をどんどんすぼめながらドダイトスは了解の返事を曖昧ながらも口に出す。
そんな仲間の様子に呆れたかのようにレントラーは長い尻尾を地面へ軽く叩きながらため息をついて忠告のように告げた。
「とりあえず機嫌をとる事ね。まぁ、あの単純鳥の事だからあんたが可愛く謝れば数秒で許してくれそうだけど?」
「か、可愛く、だと?」
「そうよ。……まぁ、少しだけならアドバイスくれてやるわ。
まずあんたの方が顔の位置は下なんだから上目遣いしなさい。
それで涙目。
最後に弱々しい声で『ごめんな』。
完璧よ」
短いアドバイスだな、というのが率直な感想だ、というより彼女がかなり早口だったというのも短く聞こえた要因か。
レントラーは的確なアドバイスだと思っているのだろう、だからこそ『もっと詳しく』なんて文句に等しい言葉など吐けないのだ。
どう返すべきか迷っていると、彼女はため息をついてドダイトスを見遣ると、じれったさを吐き出すように強く言い放った。
「そもそもムクホークの事が欝陶しいならほっときゃいいのよ。いつも迷惑だ、とか言っておきながらなんなんだか」
――レントラーの言葉に、否定か肯定かの即答などできるはずもない。
ドダイトスはその彼女の言葉に一瞬目を点にして声を無くした。
が、すぐに気を取り直すように首を振って、反論、というより言い訳に近い否定の言葉を口にする。
「、お、俺はただいつまでも放っておくと面倒だと思ったからであって…。それに気まずくなると空気が重くなるだろう? その事も思って……」
「…あいつと仲直りしたいだけのくせに?」
「ばっ、ちが!!! 仲直りなんか、っ」
仲直り、その単語が気恥ずかしいものだったのだろう、ドダイトスの顔が一気に朱に染まった。
――ムクホークがドダイトスを好きな理由が分かる。
「何が違う、よ。本当はものすごく気になってるくせに」
「っ、う、ぁ……」
気の強いレントラーに押され、反論の言葉も出せなくなるドダイトス。
羞恥から顔は真っ赤に染まり、瞳は若干潤んでいる。
鳥に見せたらまずいな、とレントラーは反射的に考えを過ぎらせた。
落ち着き無くそわそわとしてしまっているドダイトスを見て呆れ気味に息を漏らすと、彼女は最後に、と言った。
「とにかく謝って誕生日おめでとう、って言えばいいのよ。あいつ単純だからすぐに許してくれるわ」
「、それは、そうかもしれない…けど……」
「あぁもう、デカい図体してうじうじ悩むんじゃないわよ! 私の前から早く失せなさい、欝陶しいっ」
終いにはレントラー堪忍袋の尾が切れ、思い切り怒鳴られてしまったわけだが。
――『謝る』。
簡単な事がとてつもなく難しい事な気がする。
普段あんな鳥に謝る事などまず無い故か、必然的に抵抗感が沸いてくるのだ。
ドダイトスはレントラーのいた場所から離れ、当てもなく今滞在中である宿の付近にあった雑木林の中を歩いた。
恐らくムクホークはまだ宿の中で休憩をしている最中だろう。
ここなら誰も来ないし絶好の昼寝場所だと、ドダイトスは頭の情報整理の為に一度睡眠をとろうと考え、木の下へ寝そべり目を閉じた。
―――――。
――数時間が経っただろうか。
「……! しまっ…」
ふと目が覚めて。
瞼を開けたドダイトスは辺りの暗さに驚いて声を思わず上げた。
どうやら日はとっくに暮れてしまっているようで。
トレーナーが心配している、とドダイトスは慌ててその場を立ち上がり雑木林を抜けだした。
―――が。
ドンッ!
「っ、いて!」
「、誰だ!?」
林を抜けた途端誰かと衝突してしまう。
図体の差でドダイトスはなんともなかったものの、相手は見事にすっ転んだようで。
暗闇に目を懲らしてその声を上げた人物の認識をしようとするドダイトスだったが――。
それが叶う前に、そいつが素早くモーションを起こしてしまったのだった。
「ドダイトス! ドダイトスだな!? 良かった心配したんだぞ!」
「っ!?」
抱き着いてきた、その回された羽。
考えるまでもなく、そのぶつかった人物は紛れも無くあの阿呆鳥。
「ムクホーク…っ! ば、馬鹿、離れろ!」
「こんな時間までどこほっつき歩いてたんだ? …まぁ、ドダイトスの事だから昼寝でもしてたんだろうけど」
鳥…ムクホークはドダイトスの言葉も聞かず、寧ろ抱きしめる羽の力を強めて耳元で言う。
かかる吐息に、ドダイトスは思わず顔を赤く染めてその鳥を無理矢理引きはがした。
心底残念そうに顔をしかめるムクホークの表情が目に入り、ドダイトスは大きくため息をつく。
「…お前は…。俺はその内に帰るつもりだったんだ。わざわざ捜しにこなくても良かっ……」
そんな彼に、いつもと同じ調子で冷たく言い放とうとしたドダイトスは、その口をハッとして止めた。
今朝の、ムクホークの誕生日の事について思い出したからだ。
まだ怒っているのだろうか、と彼の顔色を伺うが。
「…ドダイトス?」
ムクホークはきょとんとした顔をドダイトスに向けるだけで。
忘れているのか――?
とにかくドダイトスは彼の平気そうな様子に胸を撫で下ろした。
厄介な喧嘩にはならなさそうだ。
「っいや、なんでもない…。早く戻るぞ」
「? あぁ」
――――――。
深夜になる10分前だ。
ムクホークはトレーナーのボールから抜け出し、宿泊室のベランダに出、風を浴びていた。
間もなく深夜を回り明日を迎える。
ムクホークは背後の壁掛け時計を見ため息をついた。
「…結局何も、か」
――少なからず、いや、きっと無いと諦めかけながらのかなりの期待をしていたのは、正直な気持ちだ。
先程の会話では今朝のちょっとしたいざこざをまた持ち出せばドダイトスが傷付くかもしれないと、今日のその出来事は無かった事にしたくておきたくてわざと話題に出さなかったが……。
「…まぁ、しょうがないよな」
残念だが、それがドダイトスだ。
彼の性格、まぁ勿論全部ひっくるめて愛しているのだが、その性格らしく何もしなかったドダイトスを責めるつもりは無い。
――あと5分。
他の皆からは祝いの言葉をたくさん貰った。
それだけで暖かい気持ちになれた、幸せだと思う。
「寝るか」
これ以上外に出ていても何も無い。
ムクホークが柵についていた羽を離し、後ろへ方向転換した、そのとき。
そこにいた思いも寄らぬ人物に彼は酷く驚く事となった。
「っど、ドダイトス!? なに――」
狭い部屋にギリギリ入る程の巨体のドダイトスが、珍しくも自主的にボールから出たのであろう。
とにかく目の前に突然現れた彼に、ムクホークは思わず大声を張り上げた。
「静かにしろ。皆寝てる」
「、あ、悪い……ところで、ドダイトスは? 外の空気でも吸いたくなったか?」
ドダイトスの注意を耳に入れ、ムクホークが先程より声量を落としてそう尋ねた。
途端、ドダイトスはピクリと体を揺らし硬直してしまう。
口を開かなくなったドダイトスを不思議に思ったのか、俯く彼の表情を伺おうとムクホークがその顔を覗き込んだ。
――そして示した反応は。
「ど、ドダイトス…? どうした?(うぉおぉなんか知らねえけど顔真っ赤やべぇ超かわいいいぃ!!!)」
俯いて何故か顔を鮮やかに赤く染めたドダイトスに、表面はまともに装いながら内で悶えるムクホーク。
できる事なら食いたいが、そんな事をすれば渾身の一撃をお見舞いされる事になるだろう。
悶々と欲望を抑えるそんな彼の気も知らず、ドダイトスはただ一点の事のみを集中して考えていた。
――誕生日おめでとう、ごめん。
この2言を告げるタイミングを。
「む、ムクホーク…その、」
「!」
熱くなった顔をどうにかするわけでもなく、赤く染まった頬のままムクホークの表情を見上げる。
無意識に上目遣いになるドダイトスの見上げ方に。
「お、俺、は…―――、っ!?」
ムクホークは迷わずドダイトスを抱き寄せた。
体格の差は埋められない。
首に羽を回し、頭だけを引き寄せる。
――このまま今日が終わるまで抱きしめていよう。
自分への、彼からのプレゼントにしたかった。
珍しく抵抗をしないドダイトスをまた強く抱きしめ、あと数分で一日を終わろうとする壁にかかった時計を横目で見る。
「(しまっ…またタイミングを逃した!)」
一方、ムクホークの羽の中で混乱するドダイトスは。
言葉を発するタイミングをまんまと逃し一人焦っていた。
まずい、今日が終わってしまう。
横目で時計を見遣り、ますます焦ったドダイトスはムクホークの羽の中で少なからずの抵抗を試みた。
だが奴の力は予想以上に強く。
半端に身をよじっただけでは鍛えられた筋力に敵わない。
「(――――くっそ!)」
そして。
彼は捨て身の最終手段に出た。
「? ドダ―――」
辛うじて自由だった頭を動かし、
そのモーションに気付いて下を向いた阿呆鳥のくちばしに、
素早く口付けたのだ。
「っ――~~!!!?」
僅かなリップ音が二匹の耳に届く。
思わずだったのだろう、バッと離された羽から一歩後退し、その真っ赤になってこちらを見るムクホークを見据え、ドダイトスは言った。
「…忘れてて悪かったな……ハッピーバースデー」
隠しきれない、ムクホークに負けず劣らず朱に染まった顔をふいっとそっぽに向け、ドダイトスは彼と顔を合わせぬようにする。
死ぬほど恥ずかしかった。
死ぬかと思った。
早く、こいつのいない所に、ボールに戻りたい。
これ以上一緒にいたら本当に死んでしまいそうだ。
「ド、ダイトス…」
やっと鳥から発せられた声は、相当間抜けで。
だが間抜けだ、と思ってもその間抜け面はまったく見ることができなかった。
「いや、その…あ、サンキュー?、な…その、……」
あちらもかなり動揺しているのがよく分かる。
この変態もこんなリアクションができるのかとチラリと考えてしまった。
「…オレ、ドダイトスの事もっと、またすげぇ好きになった」
「……俺はお前なんて嫌いだ」
「嫌いな奴にキスなんてしねえだろ?」
ムクホークが、ドダイトスの取った一歩分のスペースを詰め距離を近付ける。
そしてまた、その大きな体へ自身の羽を回し抱き寄せた。
丁度その瞬間、時計の短針と長針が重なる。
0時を知らせる鐘の音が壁掛け時計から静かに響いた。
「最高の誕生日だ…お前と一緒に終わらせられるなんて」
「プレゼントは無いぞ…」
「さっきのキスがあるだろ?」
思い出したように。
ムクホークに言われ顔をボッと蒸気させたドダイトスは、その真っ赤に染まった顔を隠すように、その抱き寄せる彼の胸に堪らず顔を埋めた。
「…もっかい、いいか?」
「っ…か、勝手にしろ!!」
緩む顔をそのままに、
二匹はもう一度互いの唇を重ねた――――。
翌日。
「なぁ~っもう一回頼む! もう一回だけ!!」
「っ昨日が最後だと思え! もう二度とあんな事しないからな! 調子にのるな阿呆鳥!!」
「昨日はあんなに素直で可愛かったじゃねえかー! あっ、ドダイトスはいつも可愛いけどぉおぶっ 」
「黙れ変態っっ!」
[END]
あとがき
甘ぇーっ!
砂糖吐きそおろろぼぼろ
自分がバースデイなので上げてみました(´・ω・`)
べつにたまたま書き終わったのが自分の誕生日だったからってワケじゃないんだからね!