君しかいない

 

「なぁ、これ可愛いだろ!!!」

そう言って奴が見せ広げたのはフリフリレースのミニスカート服。
世で俗に言う、メイド服だ。
フーディンは目を細めそいつを睨む。

「……で?」
「着てよ」

「誰が着るかっっ!!!!」

持っていたスプーンを投げつけそいつの頭に命中させた。
そいつ――エルレイドは頭に攻撃をまともに喰らい思わず手にあったそのメイド服を地面に落とす。

「いったー…!」
「なんでそんな馬鹿に真似しかできないんだ……私は絶対着ないぞ」

地面に落ちた服を拾い、無造作に背後へ投げた。
エルレイドがフーディンに詰め寄り懇願し始める。

「頼むよ!! 絶対似合うって!! 可愛いよ!!!」
「そんな事はサーナイトにでも頼め……あっちの方が断然可愛い」
「いやフーディンが着るっていうギャップがいいの萌えるの、ね?」
 
しつこく迫る変態に、フーディンは呆れ気味にため息をついた。
最近アピールが過剰すぎて困る。
時も場所も考えずに抱きついてくるわ好きだと叫んでくるわでトレーナーも本気で対策を考え始める程だ。

 


彼とはラルトスからの付き合いだった。

当時彼女は彼の教育係を任せられ、キルリアまでの進化を見届けた。
その後はボックスでの生活が長く続き、数ヶ月前やっとの事で復帰できたのだが、既に立派にエルレイドへ
進化していた彼からの猛烈アタックの続く日々。
エルレイドのように若くはない彼女にはさすがに堪えた。

しかし一応は可愛い弟子なのだ。

あまり強くは突き放せない。

 

 


「……あら? この服、誰の?」

背後から聞こえた透き通るようなソプラノトーンの声に振り返る。
そこに先程のメイド服を胸の前に抱えたサーナイトの姿があった。

「あ、サーナイト。聞いてよあのさぁ、フーディンに絶対似合うよって僕がこの服薦めてやってんのに、フー
ディンったら聞いてくれなくてさ、サーナイトに着せた方が似合うって言うんだよ」
「サーナイト…こいつに何か言ってやって―――」


「フーディン? 私は似合うと思うけど…」

 

まさかの発言。


エルレイドの表情がパァッと明るくなり、フーディンは目眩を起こす。


「だよなー!!! 分かってるなぁ、サーナイトは。僕のフーディンにはなんでも似合うけどね、ハハハ」
「…………はぁ」

隣で阿呆のように笑うエルレイドを彼女は冷たい目で見、額に手を当てため息を吐いた。
どさくさに肩へ回してくる腕を思い切りバシッと音を立ててはたく。

「、つれないなぁ」
「だからな……、…いや、もういい」

面倒になって2匹をその場に残し、フーディンは今夜野宿する予定のキャンプ地に足を向けた。
後ろでエルレイドがうるさく何か言っているが振り向くつもりはない。

 


「そもそもあんな服を私に着せて何が楽しいんだ…」

まったく理解しがたい。
理解したくもない。

あんなフリフリレースのミニスカートを着衣した自分を、想像するだけでもゾッとする。

師匠として、教育係としてだ。
弟子であるエルレイドの成長は目を見張るものであって、自身も喜々としてそれを見守ってきた。
キルリアの頃のあの純粋で無垢な瞳は今でも鮮明に脳内に焼き付いている。

だが、今はどうだ。

今日に始まった事ではないが、度々自分に向けられる雄の欲情がこもった視線。
ナチュラルにされるセクハラ。
そして先程のような妙な要求。

どこでどう間違えたらああなるのだ。

普段は誰から見ても誠意があって、真面目で、♀ポケモンからもよくモテる好ポケモンなのだが。
いざフーディンを目にすると豹変するのだ。

座っていれば背後から抱き着き胸部から腹部まで、愛撫と言ってもおかしくない程の動きで手を這わせ(しか
も時折揉む)。
トレーナーの意思で、ボールの外での就寝が許されたときはほぼの確率で夜這い。
その他彼自身の発言や他の者の証言からなど上げられるものは多数あるが、言うとキリが無い為止める。

とにかく酷いものなのだ。
そもそも年が離れすぎている自分に恋愛的な感情で執着しているエルレイドの心理が不明だ。
彼の周囲にはもっと若くて明るくて可愛かったり美しかったりする♀ポケモンが腐る程いるはずなのに。

このパーティーにだって既にサーナイトがいるではないか。
彼女という美しい♀ポケモンがいながらも、何故自分のような陰気で若くも可愛くもなんともないポケモンの
方に食いつくのか。
絶対にどうかなっている。
目の前に肉があるのに放っておく犬ぐらいにどうかなっている。

「どうにか諦めさせてやりたいが…」

メイドの事も、フーディンの事も。
彼にはまだ先がたくさんある。
自分――フーディンなどを選んで、エルレイドの人生を棒に振る事なんてさせたくない。


――とは思うが、今帰ってはまた「着ろ」だのどうのこうのとせがまれるのがオチだ。
ほとぼりが冷めるまで散歩や瞑想でもして時間を潰そうと、フーディンはなるべくエルレイド達のいる場所か
ら離れようと足を進めた。


―――――――。

 

「…ケケケッ。見てたぞ、フーディン」
「……ゲンガー」

適当な場所に胡座をかいて座っていると、後ろから独特な、それでいて聞き慣れた声が自分を呼んだ。
特に驚く様子も無く落ち着いた状態で、彼――ゲンガーに首だけを振り返る。
こいつの事だ、ずっと後を追ってきたのだろう。
フーディンは短くため息をついてまた前に向き直った。

「カワイイ弟子の頼みくらい聞いてやれよ、ケケッ」
「他人事だからと軽く言うな。口は災いの元。いつか災いが降り懸かっても私は知らないぞ」
「ケケッ。エルレイド落ち込んでたけどな。それでもムシか?」

ゲンガーの言葉に僅かに反応して、フーディンの肩が微動する。
それに気付いて気を良くしたゲンガーが、更に追い撃ちをかけるような言動をとった。


「そんなにうだうだしてると、本当に離れちまうぜ。ケケッ」
「……どういう意味だ」
「そのままだぜ? ケケケッ」

離れてしまう。
ゲンガーの言葉に眉間に皴を寄せて怪訝そうに反応を示すフーディン。

確かに自分を諦めてほしい、とは思った。
だからと言ってエルレイドに自分の傍を離れろなんて事は考えもしていない。
フーディンの気持ちを察したように、ゲンガーはまたケケッと独特の笑い声を漏らすと彼女へ面白気に言った。

「そうやって色々と拒否したり、自分なんて諦めて他の♀見付けろとか言ってみろよ? ケケッ、離れていくに
決まってるだろ? 一緒にいてくれるはずなんてない」

「っ!、…エルレイドは、そんな奴では、」

言いかけたが。
彼の言葉が自分でも理解できていたのが確かであったフーディンは、反論を途切れさせて口を紡いだ。
自分が本気で完全に彼、エルレイドを拒否すれば、彼はもう傍にはいてくれない。
既に愛してくれるという望みの無い相手と一緒にいようとも、自分に利益は無いし、何より気苦しいだけだ。

今までずっとエルレイドが自分にべったりだったのは、甘やかしてきたから。
セクハラすれば殴ったりした事はあったものの、あれは飴と鞭の使い分けであって。
彼を本気で嫌悪して拒否した事など一度たりとも無かった。


――今回の件だって、自分よりずっと年下のエルレイドに

「僕のフーディン」、
「フーディンならなんでも似合う」

などと言葉を吐かれたときは、素直に嬉しかった。


嫌いではないから離れていってほしくはない。
だがエルレイドの将来を考えると、自分の事は諦めてもっと彼に相応しい女性を選んでほしい。


エルレイドは可愛い弟子だ。
できる事ならなんでもしてやりたい

が。


「だ、だからと言って、あんな服は着れない! 今回の頼みは受け取れない…っ」


今回ばかりは、流石に無理だ。


「…どっかテント内とか、つれてけよ。ケケッ」
「……は?」

「誰も来ないぜ? そこでエルレイドと話し合えよ。ま、ちゃんと聞く前になんかされるかも、だけどな。ケケ
ケケッ」

 

 

―――――――。


「エルレイ、ド」
「あ、フーディン! どこ行ってたんだよ! 気は変わっ」


「変わってない!」

野宿場所に戻ってくるや、早々にフーディンへ抱き着こうとしたエルレイドを、彼女は彼の額を片手で押さえ
伸びてきた腕を素早く叩き落とした。
フーディンの拒否反応に彼は渋々抱き着くのをやめ、まだ持ったままのメイド服を片腕に抱き抱えて口を尖らせる。


念のため辺りを見回すが、誰もいない。
どうやらサーナイトはもうこの場を去ったらしい。


「……え、エルレイド」
「え?」

「少し、テントに来てくれないか。二人になりたい」

少々しまったと後悔した。

二人になりたい、という言葉に反応して初々しく頬を中高生のように赤く染めるエルレイド。
しかし同時に、彼の瞳が雄の欲情の色に濡れた瞬間を、フーディンは見逃さなかった。

「いや、ちが」
「うん分かった。いいよ、行こう!」


声のトーンが明るすぎる。
完全に期待させてしまっているではないか。

エルレイドはフーディンの言葉を遮り彼女の手首を取ると、すぐ向こうに見える野宿用のテントへと早々に足
を進めていった。
片腕にしっかりとメイド服を抱えて。
――冷や汗しか出てこなかった。

「える、れ、待て!」
「え? なに?」


叫んで制止を呼び掛け腕を引っ張り返すが。
わざとらしくまるで聞こえていない真似をする彼に強引に引きずられ。
純粋な力ではエルレイドの方が勝っている事も承知済みだったが。

フーディンは必死に抵抗した。

しかし、やはり無理な模様で。


そしてあまりにも呆気無くフーディンは彼の手によってテント内へと引きずり込まれてしまったのだった――…
…。

 

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モドル